先日、アマプラで役所広司さんが主演された映画「パーフェクトデイズ(PERFECT DAYS)」を観ました。
普段私は、映画の感想はInstagramのストーリーズに2〜3行書く程度なんですけど、この映画はなんだか観た後に4〜5日かかってじわじわと余韻が押し寄せてきて心に残ったので、私なりに感じたことをここにしっかり書き記して残すことにしました。(ネタバレはありません)
静かなまなざしで描かれる、東京の日常
この作品は、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督が東京を舞台に撮られたもので、その独特の作風が印象的な作品でした。日本で一般的に見られる娯楽性の高い商業作品とは異なり、より静かで内省的なトーンを持っています。
映画は、主人公である一人の男性の日々を丁寧に描いています。彼は、東京でトイレ清掃員として働いており、毎日決まった時間に起き、仕事へ行き、読書をし、夜は行きつけのお店でお酒を飲む。そんな淡々と繰り返される日常が描かれていきます。
シンプルな生活に宿る“豊かさ”
この映画の最も心に残る点は、主人公の物事の価値観を物質よりも精神に置いているその生き方にあると感じました。彼は、住む場所や持っているものといった物質的な豊かさではなく、自分にとっての生きやすさや心の平穏、日々の暮らしの充実感に価値を見出しています。それは決して質素な暮らしを好んでいるという単純な理由だけでなく、自分にとって不必要なものを削ぎ落とした結果、彼の場合は清掃の仕事を選び、このような生活になったのだろうと推測されます。
毎日の平穏な暮らしの中にも、ふとした変化やイレギュラーな出来事は起きます。例えば、雨の日の出勤の面倒さ や、清掃中に便器からの水滴が顔にかかるような精神的なきつさ。しかし、主人公はそれらの出来事に対し、自身の持つ価値観に基づいて柔軟に対処します。汚れれば洗えばいいだけのこと、という境地に至っているかのようです。このような日々のイレギュラーな変化に対する対応力は、観ていて勉強になる部分でした。
交差する価値観と、その受容
物語には、主人公とは対照的な価値観を持つ、柄本時生さん演じる登場人物も登場します。彼は主人公とは異なる世界の住人であるかのように描かれますが、主人公は彼を毛嫌いしたり否定したりすることなく、受け入れて接します。こうした姿勢から、主人公の人間性の豊かさを感じ取り、観ている側も安心感を覚えるのです。その中で、ふと彼の中に主人公と共通する精神的な価値観を垣間見た際には、思わず頬が緩んでしまうような温かいシーンもありました。
また、主人公が見る夢のシーンも印象的でした。同じことの繰り返しに見える日常でも、その日に目に映った些細なことや、ちらっと耳にした音楽から連想される過去の記憶などが、意外な形で夢の中に反映される。夢とは、毎日の暮らしの中で感じたことや瞬間の気持ちが丁寧に整理されていく、面白い脳の仕組みなのだと改めて感じさせられます。このような描写に、自身の経験と重なるものを感じて共感を覚えました。
清掃業務の経験がある方にとっては、主人公の精神状態や、早朝の出勤途中に見る朝日、雨の日の気分など、共感できる部分が多くあるのではないでしょうか。
心の奥に潜む共感と憧れ
この映画の主人公像は、トム・ハンクス主演の「オットーと呼ばれた男」のいわゆる“偏屈”な主人公ほど個性が強調されているわけではなく、本当に実在するような人物として描かれています。また、オットーのように極端にこだわりが強いわけでもなく、また「アイリスへの手紙」の主人公のように世間とそれなりに関わりつつ距離を置くというよりも、自分自身の居心地の良さを何よりも大切にし、心の平穏と日々の充実感を手に入れている、悟りの境地にいるような人物に見えました。彼は対人恐怖症でもなく、人間関係を嘆くわけでもありません。そのこだわりや世界観を他人に押し付けることもありません。
人生経験を重ねると、自分にとって本当に必要なもの、不必要なものが見えてくるものだと感じます。ステータスや承認欲求、友人といったものでさえ、必ずしも必要ではないのかもしれない。その人にとっての「パーフェクトデイズ」が何なのか、それを主人公は実践しているように見えます。
観る者自身が重ねる“完璧な日々”
この主人公の生き方は、今の世の中では稀有かもしれませんが、多くの人が心の片隅で憧れている生活風景を具現化しているように感じます。自分自身も、少しずつ主人公のような生き方に近づいてきている、あるいは目指したい方向性だと感じているので、改めて自分が目指したい生活スタイルを再確認できたような気がします。朝の空の色に嬉しさを感じたり、体を伸ばしたときの安心感、屋根の下で暮らせる感謝の気持ちなど、他人には見えなくとも、心の中には有意義な時間と経験が生まれている。この映画は、派手な展開がなくとも、観る者自身を重ね合わせ、その奥にある心の動きに共感できる。そして、「パーフェクトデイズ」は決して物質的な豊かさだけを指すのではなく、自分にとっての心の平穏と充実感を見つけ、それを大切にすることなのだと教えてくれるようでした。
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