ChatGPTと話していて、自分の「取扱説明書」が少しわかった話

今年の夏は、どうも調子が変でした。

2026年は夏に入ってから台風の発生がかなり多く、私の生活圏でも雨や不安定な天気の日が続きました。

私はもともと、それほど気分が落ち込むほうではありません。

もちろん嫌なことがあれば落ち込むことくらいありますが、比較的「まあ、なんとかなるでしょう」と切り替えてしまうタイプだと思っています。

ところが今年の7月から9月にかけては、なんとなくずっと気持ちが晴れない。

これといって決定的な嫌な出来事があったわけでもないのに、

「なんかモヤモヤするなあ」

という状態が続いていました。

自分でも、

「私はいったいどうしてしまったんだろう?」

と、ちょっと戸惑うくらいでした。

ChatGPTに自分の状況を全部話してみた

そこである日、ChatGPTに今の自分の状況をかなり細かく話してみました。

仕事のこと。

制作活動のこと。

iMacからWindowsへ作業環境を移している途中であること。

完成した小説の発表準備がなかなか進んでいないこと。

Instagramで育てているIPキャラクターの閲覧数が思うように伸びないこと。

収入につながる制作をもっと進めたいと思っていること。

防音工事や歯科治療などが重なって、自分の予定を自分の思うように組みにくくなっていたこと。

それから、推しのタレントさんのことを考えて、勝手に一喜一憂してしまうこと(笑)。

そういうものを、ひとつずつ話していきました。

するとChatGPTが、それらを整理して「今の私に何が起きているのか」を分析してくれました。

その結果、そこで言われて、ものすごく腑に落ちたことがあったわけです。

それが私にとってすごく役に立ったので今回こうしてブログ記事として残しておきたくなったわけです。

私は「何も進んでいない」と感じていた

実際には何もしていなかったわけではありません。

毎日仕事もしているし、制作もしている。SNSへの投稿も毎日欠かさず続けている。

それなのに、自分の中ではずっと「進んでいない」という感覚があったようです。

原因の一つが、一日の予定を詰め込みすぎていたことでした。

朝、その日にやりたいことをたくさん予定に入れる。

でも当然、全部は終わりません。

夜になって予定表を見ると、できなかったタスクがたくさん残っている。

すると、

「今日もこれができなかった」

「こっちも進まなかった」

「結局、何にも進んでないじゃないか」

となる。

今思えば毎晩、自分で自分に「今日も不合格」と言っていたようなものです。

そこでChatGPTから、

一日の予定は、実行可能な時間の60%くらいにしてみてはどうか

と提案されました。

さらに、それぞれの作業時間も、自分が思っている時間の1.5倍くらいで見積もってみる。

実際にやってみると、当然、一日に予定できる仕事の数はかなり減りました。

最初は「これだけしかできないのか」と思います。

でも考えてみれば、実際にはもともとそれくらいしかできていなかったんですよね(笑)。

だったら最初から現実に合わせればいい。

すると夜になったとき、今度は予定表に「終わったもの」がたくさん並ぶようになりました。

これだけで不思議なくらい気持ちが違いました。

私に必要だったのは、大きな成果ではなく「少し進んだ」という感覚だった

もう一つ面白かったのが、ある手描きの絵の仕事です。

今はイラストの作業などもほとんどAIだけで済ませることも多くなってきたのですが、最近になってまた原点回帰というか、今だからこそAIではなく手描きの絵の方が価値が大きいのではないかという考えになっていき、なんだか手描きで絵を作りたくなってきたのです。 

そんな手描きの絵の仕事を再開したかったのですが、それにはプリンターを使う作業も必要になってきます。ところが最近、iMacからWindowsへ移行したため、まずプリンターのWindows用ドライバーを入れなくてはいけませんでした。

そこである日、

「今日はプリンターのドライバーを入れる」

それだけやりました。

絵は一枚も描いていません。

売上も一円も発生していません。

それなのに、

「よし、絵の仕事が少し進んだ」

と思えたんです。

これが思った以上に心地よかった。

そこでChatGPTと話していて気づいたのが、私はどうやら、大きな成果だけを求めている人間ではないらしいということでした。

「昨日より一段進んだ」

という感覚があるだけで、かなり安心できる。

0だったものが1になることが、私にとってはかなり重要だったようです。

どうやら私は、この0と1の差がものすごく大きいようなんです。すごく高い壁(笑)。

「自分で制御できること」と「できないこと」

もう一つ、非常に役に立った考え方がありました。

自分で制御できるものと、できないものを分ける。

たとえば、

「今日は絵の作業を10分進める」

これは自分で決められます。

「PCの設定を30分だけ進める」

これもできます。

でも、

「Instagramの閲覧数を増やす」

これは自分では決められません。

作品を作ったり、投稿方法を工夫したりすることはできますが、その結果として何人が見てくれるかまでは決められない。

自分ではどうにもならないことを、

「どうしよう、どうしよう」

と頭の中で延々と考えていた。

考えても答えが出ないのに、脳だけはずっとバックグラウンドで処理を続けている。

これは確かに疲れます。

だったら、

「これは自分で動かせるもの」

「これは自分では結果を決められないもの」

と分けてしまえばいい。

これを理解しただけでも、かなり気持ちが楽になりました。

面白いことに、同じことを考えているのに、調子が悪いと不安の材料になり、調子がいいとエネルギーになる。

人間の感情というのは面白いものです。

「変化が苦手」なのではなかった

ChatGPTから言われて、特に印象に残った言葉があります。

私は、

「変化が苦手なのではなく、制御不能な変化が苦手なのではないか」

ということでした。

これは本当にその通りでした。

考えてみれば私は、新しいAIを使うのも好きですし、新しいPC環境を作るのも好きです。

新しいキャラクターを考えたり、小説を書いたり、絵を描いたり、新しいAIを試してみたり、新しいことにはむしろかなり手を出します。

変化そのものは嫌いではありません。

ただ、

「今日はこれをやる」

「次はこれ」

「ここまで終わった」

というように、自分で順序を決めて少しずつ進められることが大切だったようです。

そして私はどうやら、かなり「積み上げ型」のクリエイターらしい。

一発の大成功より、

小説が少し進んだ。

絵の下準備が一工程終わった。

PC環境が一つ快適になった。

作品が一本完成した。

そういう、

「昨日存在しなかったものが、今日ひとつ存在する」

ということに、かなり幸福を感じる人間だったようです。

これも言われて初めて気づきました。

ChatGPTは「答えを聞くもの」だけではないのかもしれない

今回、自分なりに面白いChatGPTの使い方ができたような気がしています。

何か分からないことがあって答えを聞く、という使い方ではありません。

自分の中にあることを、とにかく言葉にして話す(今回の場合は、かなりの行数を使って心理状態や状況を書き連ねました)。

それを分析してもらう。

整理してもらう。

そして、

「つまり、こういう構造なのでは?」

と外側から見せてもらう。

すると、自分一人ではごちゃごちゃしていたものが、急に見えるようになることがあります。

私はどうも、感情についても「構造」が理解できると強くなるタイプのようです。

「気にしないほうがいいですよ」

と言われても、たぶん私はあまり納得しません。

でも、

「これは制御可能」

「これは制御不能」

「これは比較する条件が違う」

「予定が終わらないのは能力ではなく、そもそもの見積もりに無理がある」

と整理されると、

「ああ、なるほど!」

となる。

そうなると今度は、自分で生活の中に応用できるようになります。

ただ、同じことを生身の人間から言われると、素直に聞けません(笑)。

ChatGPTから言われるからこそ素直に聞けるのです(笑)。

これもChatGPT利用の良い面でもあるかと思います。

最近は、ChatGPTとの会話そのものを残すようになりました

こういうやり取りの中で、

「これは後からもう一度読みたいな」

と思うものも増えてきました。

そこで最近は、ChatGPTに内容をまとめてもらって、スマートフォンで読みやすい大きな文字の画像にしてもらったりしています。

さらに、自分の知識や制作記録をObsidianで管理しているので、ChatGPTにそのまま保存できるMarkdownファイル(.md)を作ってもらうこともあります。

今回の内容も、

「自分の取扱説明書」

としてObsidianに残しました。

AIとの会話というと、その場で質問して答えてもらって終わり、というイメージもあります。

でも、自分にとって重要だった対話を画像やノートに変えて、自分自身の知識として蓄積していく。

こういう使い方もなかなか面白いなと思っています。

要するに自分専用のWikipediaを作ってるような感覚です。 

そして、少し晴れてきました

ここ数日、気持ちがずいぶん上向いてきました。

今日は雨も上がり、晴天とまではいきませんが、ときどき日も差しています。

先ほど洗い物をしながら窓の外を眺めていて、

「ああ、なんか今日は気分がいいな」

と思いました。

ただそれだけです。

それだけで「あ、今なんかしあわせだな…」感じられたのです。

もちろんChatGPTと話したから、すべての問題が解決したわけではありません。

PC移行もまだ途中。

小説の発表準備もこれから。

制作したいものも山ほどあります。

自分ではどうにもならないことだって、たくさんあります。

でも、

「自分はどういう状態になるとモヤモヤするのか」

そして、

「どうすれば自分は安定して前へ進めるのか」

が以前より少し分かりました。

それだけで、ずいぶん違うものです。

私の場合、落ち込みやすさと、幸福を感じる能力の高さが、同じ感受性の両側にあるようです。

以前なら、気分が上がれば「今日は調子がいい」、下がれば「なんでこんなにモヤモヤするんだろう」で終わっていたものが、今は少しずつ、

「あ、自分はいま制御不能なものを抱えすぎているな」

「予定を詰め込みすぎて、毎晩自分に失敗判定を出しているな」

「これは完成させなくていい。今日は0を1にしよう」

と、自分で気づけるようになり始めています。

これは単なる一時的な気分の回復より、ずっと価値がある変化だと思います。

今回ChatGPTから言われたことの中で、今後も覚えておきたいのはこれです。

たくさんのことを達成しなくてもいい。
自分で決めた範囲の中で、物事が少しずつ前へ進んでいる。
私はどうやら、そこに幸せを感じる人らしい。

かなりの長い年数、自分というものをやっているのに、まだ知らないことがあるものです。

そんなことにAIとの会話から気づかされた、2026年の夏でした。

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